カンガルーな日々

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help リーダーに追加 RSS 今年最後の花火

<<   作成日時 : 2006/10/18 15:32   >>

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夏に大量に花火を買いこんだのが、まだあと一袋だけ残っていた。
シーズンが終わる前にやりたいね、と話していたのだが、夫が忙しかったり天候が良くなかったり週末はイベント続きだったりして、なかなか花火をする機会に恵まれなかった。
昨夜、天気も良くあたたかいうえに夫が珍しく8時前に帰ってきたので、シーズンはとっくに終わっていたけれど、最後の一袋を楽しむことにした。

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この夏ですっかり花火の虜となった長男は、ブランクを感じさせない慣れた手つきで花火を点火して楽しんでいた。

息子が花火デビューを果たしたのは、ほんの数カ月前のことなのに。
そのときは見ている大人の方がハラハラひやひや、それはそれはスリリング体験だった。
本人はいたってのんきだったけど。
それが今では、安心して見ていられる。

この夏は花火のみならず、本当にいろんなことがあって、いっぱい成長したなぁ、と私たちはしばし思い出話にふけっていた。

さて、花火のしめは、もちろん線香花火。

私たち三人それぞれ一本ずつ持ち、
「さぁ、行くで〜」
と夫がかけ声をかけると、長男のマッタがかかった。
「ノム(次男のこと)は?」
次男は私がずっとおんぶしていたのだが、
「はい。ノムにもどうぞ」
と、背中の次男の手に、無理やり一本にぎらせようとする。

思いがけないところでお兄ちゃんぶりを発揮してみた長男は、その後はノムのことなどすっかり忘れ去った様子で、線香花火に夢中になっていた。

途中で一度だけ、反対側に火をつけて台無しにしていたけれど、それ以外はうまいこと遊んでいた。

バチバチと激しく燃えさかる夫の線香花火。
となりの長男のは、なんだか小さくて、今にも消え入りそうだった。
そのはかなさが、またオツなのだけど。
長男「トータンの、おっきい!」
夫 「ははは。まかせろ!」
長男「陽の、ちっちゃい……」(と、しょんぼり)
私 「ちっちゃくて、かわいいね」
長男「大きくて元気なのがいい……」
ほぉ、そういう形容詞も使えるようになったのか。
いつのまに。

線香花火は難しい。
火をつけた瞬間にボトっと落ちてしまったり。
始めは激しく盛んに咲いていても、すぐにひゅんと消えたり。
小さな花を、細く、長く、輝かせていたり。
せっかく元気に燃えていても、突風が吹いてポトリと呆気なく落ちたり。

長男の手はぷるぷる震えて不安定なこともあり、最後まで落とさずに終わらせるのは至難のわざだった。
落とさずに最後までいけたのは、一度だけだった。

昨日は身近でとってもショッキングなできごとがあり、「命」というものついて改めて考えさせられていた一日。
そんな時に線香花火なんぞしたものだから、感じることが多々あった。

ふとだまりこんだ私を見て、夫は、私が何を見て何を連想して何を思っているのか、分かってくれたらしい。

長男の線香花火が、落ちずに最後まで輝くのが奇跡的なことであるように。
命が宿り、それが月満ちて生まれてくるというのは、とてつもなく奇跡的なことなのだ。
その奇跡の命を二つも授かることができたのは、幸運以外の何物でもない。
それなのに、最近では目の前の日常に手一杯で、感謝の念が薄れつつあった私。
反省。

天よ、息子たちと出会わせてくれて、ありがとう。
時々(最近では一日に何度も?)本気で心からイライラむかむかすることもあるけれど。
息子たちと一緒に過ごせる幸せを授けていただけたことが、いかに奇跡的なことであるのか、昨日は改めて思い知らされた。

夫も同じだったのだろう。
花火が終わってしまって、寂しげに肩を落としている長男を、
「陽、おいで」
と呼び寄せ、ぎゅっとだきしめていた。
夫の腕があまりにもきつかったのだろう、無邪気に腕から逃れようとする長男が愛しくて、私も隣に腰を下ろした。

その後しばらく家族四人で玄関先に座り、手をつないでのんびりと夜空を眺めた。

奇跡のぬくもりを肌で感じながら、目をうるませていた秋の夜。

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